2. 春はあけぼの
平安時代中期の女流作家・清少納言(965~1025)の著した『枕草子』は、四季の変化を手にとるようにつづった随筆である。その冒頭は、「春はあけぼの」と始まり、春夏秋冬の趣が、描かれています。
「春は曙。やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」から始まり、「夏は夜」と夏の段では蛍と雨、「秋は夕暮れ」と秋の段では、夕暮れ、雁、風の音、虫の声。「冬はつとめて。雪の降りたるはいうべきにもあらず」と、雪、早朝の霜、炭火、火桶が精妙な筆致で描き込まれてます。
今回、この『和の心』で、日本人の自然観、美意識、生き方を考察、紹介しているのですが、古今の名著として、この『枕草子』程の名文は見当たらず、昔の人は、常に自然に向かって体を開いており、身体感覚と自然が一体になっていたといえます。季節の移り変わりだけでなく、刻一刻の移り変わりを示す言葉が、多く生まれたのも、そうした生活の仕方のたまものといえましょう。
”あけぼの”と同義語の”いなのめ”(わらを編んだ壁の網目)、東の空が白むころの東雲、この”しののめ”も、もとは篠竹の網目を意味する言葉で、古代の住居の明り取りに用いられた篠竹の網に明け方の光がうっすらとにじむことから”しののめ”といわれるようになりました。
夕暮れ時をしめす「たそがれ時」「かわたれ時」も「誰そ彼?たそかれ」「彼は誰?かわたれ」の意味で、人の顔が判別できない夕暮れ時の薄暗さを表現しています。
このように、自然の明るさ、薄明りを好む日本人の美意識は、後の谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』にも通じるものがあります。
【追記】 唐代の詩人 孟浩然の有名な、「春眠暁を覚えず――」という詩がありますが、これは〈春はぐっすり眠れるものだから、夜が明けたのに気づかず、寝坊をしてしまった〉の意味です。この「春眠あかつきを覚えず」の詩は、「春はあけぼの」と同じく「春の朝の素晴らしさ、春の心地よい朝」を共にうたっていると言えましょう。
2019年4月